後智慧の異體字セレクタ

移転しました。

 これを讀むと異體字セレクタで一件落着とも言へるが、ただここまでの道のりを見ると腑に落ちないものがあるし、單純にJIS關係者を批判することもできない。私は、過去においてJIS關係者の略字へのこだはりを批判はしてゐるが、それとユニコード協會の收録姿勢とは違ふ次元の問題だ。
 當初より、異體字枝番方式と異體字シソーラスが對立してゐた。異體字枝番方式とは、今回の異體字セレクタと同じコンセプトで、規格側で限られた漢字集合を定義して、それと關連ある漢字(異體字)を枝番として追加していく方式だ。一方、異體字シソーラスとは、とにかく形状が違ふ漢字は全て収録し、檢索の用途には、關連字をまとめたシソーラスで對應するといふ方式だ。
 前者と後者の長短を紹介すると、前者は、最小限のフォントセットでも文字化け時の代替文字を用意できるが、異體字の關連が規格により制約を受けるので、漢字の使用に柔軟性がなくなり、後者は、完全な表示には數萬字から數十萬字にも及ぶフォントセットを用意する必要があるが、異體字の關連は時代と必要性に應じて切り替へられるので柔軟性がある。
 實は、ユニコードの收録が盛んに行はれた西暦2000年前後では、すでに、文字鏡などの大規模漢字セットが存在してをり、しかも、ユニコードは、UTF16符號化により、收録文字數が100萬字規模になってゐたので、過去に出典が確認できる漢字は全て登録すればよいといふ流れになってゐた。登録後は、專門の學者で異體字シソーラスを作っていけばよい状況だった。その状況では異體字セレクタは収録字形の管理方法も未定で、あまり支持者はゐなかった。
 その後、ユニコード側は、まだ60萬字以上も空領域があるにも關はらず、微小な差異の漢字を受け付けない方針に轉換した。正に御都合主義である。この状況でJIS關係者を責めるのは酷である。
 私も、微小な差異を區別したいのであれば、異體字セレクタを使ってもいいと思ふが、本來、それは、略字に使ふべきだと思ふ。日本以外の漢字圈では統合漢字に正字を割り當ててゐる。略字を統合漢字に割り當ててゐるのは日本だけである。ところで、異體字セレクタといっても、それは、アドビ異體字といふ私的文字集合であり、そんなにありがたがって使ふものでもあるまい。結局、異體字の主導權も外資系に取られてしまった。