日本語力の磨き方

移転しました。

 著者は、京大文学部卒で予備校講師。第一章の「漢検なんか受けるな!」は今となっては御愛嬌だらう。2007年に初版の本だが、確かに検定料・教材費について、同一層を顧客に持つ著者は本能的に嗅覚が反応したのだらう。私自身は暴利をむさぼってゐたといふ事実を除けば、人畜無害の資格だと思ふし、常用漢字が対象の2級までは教育行政に則ってゐるだけで、漢検の問題内容を批判しても仕様がない。
 著者は「ワープロ・携帯電話の漢字入力はコミュニケーションの進化である」し、「ルビは復活させろ」といふ主張をするも、最後は「漢字を廃止して国際語を目指せ」といふし、第二章では五十音図関連でト印に近い論理を展開して危ふい印象を受けたが、その後の学校文法に関連する記述はまともな論理で展開する。予備校講師といふ客商売をやってゐるせゐか、表音主義者の学者や官僚が展開するやうな嫌味な押し付けは不思議と感じなかった。読後の感想は、「同意できない部分も多いが、納得する部分もある。日本語特殊論に傾きすぎな論調が多かったが、最後の文法論は面白かった」である。

 今さら表音主義について批判を書いても体力を消耗するし、書くはうも読むはうも疲れるので、私が面白いと思った最後の文法論について、個人的なコメントを書いておかう。まづ、「迷惑受身」は、題目文ではなくて使役文の変種だと思ふ。その証拠に構文的には完全に使役文だ。格助詞を固定したまま「〜れる」を「〜せる」に変へても文法的には適格な文章になる。

  • (1) 私は子供に足を踏まれて痛かった。(迷惑受身)
  • (2) 私は子供に足を踏ませて痛かった。(使役)

 (2)は、「お前が子供に足を踏ませて痛かったのは自業自得だらう」といふ突っ込みは来るが、構文上は正しい。元々「〜せる」と「〜れる」の原点は使役であり、作為と無作為の差でしかなかったのが、「〜れる」のはうは、無作為使役→迷惑受身→自発→尊敬・可能と適用範囲が広がってきたのだ。「子供に足が踏まれた」といふ直接受身は、明治時代になって翻訳の必要性に迫られて発達したもので、今でも、この類ひの受身は表現として不自然さが付きまとふ。
 次に「自動詞」と「他動詞」の問題であるが、これも、元々古語では、主語と客語用の専用助詞は存在しなかった。「が」は所有格の代用だし「を」に至っては間投助詞だ。単なる調子を整へるための助詞だ。

  • (1) 我が心焼くも我なり。(万葉)
  • (2) 胸走り火に心焼けをり。(古今)

 (1)の心は「焼く(四段)」の客語であり、(2)の心は「焼く(下二)」の主語である。格助詞を明示しなくとも、動詞の活用で主語と客語が判明する。ただし、これでは誤解を与へる場面もあったのか、時代を下るに連れて、主語・客語用の専用助詞が発達してきた。今でも、会話表現で省略されやすい助詞の双璧は「が」と「を」である。さういふ意味で、「動詞の直後に前置詞を用いずそのまま置かれて、動作などの対象になる名詞(仮名遣ひ原文ママ)」は、日本語に当てはめて「動詞の直前に助詞を」と変更すれば、この条件は有効である。闇黒日記(http://members.jcom.home.ne.jp/w3c/omake/diary.html)でも、5月5日に同様の記述があった。

英語圈でI think ...と言ふけれども、日本語でも古代は格助詞なしに我思ふと言つた。それが現代の日本語では私は思ふと必ず格助詞を用ゐて言ふ。もちろん、昔だつて我は思ふだの春はあけぼのだのと言つた訣で、助詞を用ゐたけれども、用ゐない言ひ方も普通にした。ところが今の日本語は、何んな場合でも概念語に格を示す助辭を附けて言ふ。「私思ふの」は、保守的な女子の言葉に過ぎない。